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シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

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電車やスキマ時間で少しずつ読み進めていました。私にとっては、とても感慨深い、示唆を与えてくれる書籍でした。

私も著者同様、小学生のときは頻繁に将棋をしていて、小学3年生のときに地域の将棋大会で優勝した事があります。小学生の私が祖父を相手にすると勝ったり負けたりの良い勝負でしたし、父親を相手にすると、いつも負けていました。今、思い返すと、将棋は祖父や父親とのコミュニケーションツールの1つでもありました。今はほとんどしませんが、やはり将棋は好きです。

本書を読んで原田先生が仰っていた事を思い出しました。

技術・技量の習熟曲線は放物線を描くので、一般人とプロの差よりも、プロと超一流との差の方が遥かに大きい

端的に分かり易く言うと、草野球をしている人がプロ野球選手になるよりも、普通のプロ野球選手がイチローのようになる事の方が遥かに難しいということです。

知の高速道路を走り切った後の大渋滞

とは、正しくその事を指しているのかなと私は感じました。

現代将棋のルーツは升田幸三であると明言されていて、

同時代の棋士たちが「平凡な応接を」したため「もっとすごいもの」を作る機会を逸して気の毒だった

と、将棋は独りではできないという件がありました。私にとって、とても腑に落ちる内容でした。どれだけ勉強しても、どれだけ努力しても、独りだと何となく良いものが完成しそうにないと、最近、私は感じるようになってきました。脳の働きなのか、人間の本性なのか、ライバルがいたり、仲間がいたり、理解者がいたりして、初めて「その先」に進めるような気がします。

例えば、同僚と「最近、こういうモノが流行っていて、この発想が面白いよね」と言葉をかけて、同僚が「へー」と答えるのか「その基盤技術はこういう仕掛けだよね」と答えるのかで、その先の会話が変わってくる気がします。

また、とても興味深かったエピソードに、パリで催された第21期竜王戦の解説で、佐藤康光棋王が「5級向け解説」「初段向け解説」「五段向け解説」の3つの解説をされている点です。同じ盤面なのに、観る人のレベルに応じて、視点や評価が変わるという概念が、私にとって斬新でした。

例えば、何らかの処理をするプログラムを開発するとして、そのプログラムを開発する人の経験が1〜2年の人なのか、5〜6年の人なのか、10年以上のベテランなのかによって、基本設計やコーディングの考え方を変えても良いのかなと思います。要は、経験の少ない人に高度に抽象的な設計やコーディングを押し付けるよりも、力技で良いから論理的に分かり易いコードを書いて学習する方が良かったりするのかなと考えました。もちろんプログラマ本人のやる気やセンスもありますが。

私自身、コードを読む中で、このコードは簡潔過ぎて理解できないという事が度々あります。フレームワークを用いた応用やオブジェクト指向の概念など、抽象的な設計やプログラミングは経験が必要だと思います。ある程度の知識、経験があって本当に活用できます。そのようなコードを、理屈は分からないけど動いたからいいやとするよりも、自分なりの設計やコードに置き換えてみる。身の丈にあったコードを書くというのも大事なのかなと、私は思います。

まとめとして、将棋界の事変を IT 業界へ無理に当てはめる必要性は何もないのですが、トップ棋士という超一流の達人たちの考え方や行動を知ることは、自分なりに当てはめて、とても参考になります。何年か経って読み返すと、今とは違う示唆を与えてくれそうな気がします。

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

リファレンス:
新著「シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代」4月25日刊行