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残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

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いろんなブログで書評されていて*1書名は知っていましたが、@ がつぶやいたのが購入のきっかけでした。


冒頭の成功哲学が強烈です。

残酷な世界を生き延びるための成功哲学は、たった二行に要約できる。

伽藍を捨ててバザールに向かえ。

恐竜の尻尾のなかに頭を探せ。

OSS やインターネットに明るい人は馴染みのあるキーワードですが、それをエンジニアではない作家先生がどのように捉え、主張しているのかにとても興味を抱きました。本書は私にとっては読むのに時間がかかった方の本でした。モラル的にあまり語られない研究成果の内容や知らない理論を自分の経験や環境に当てはめて考えてみたりしながら読みました。

本書は自己啓発に対するアンチテーゼであり、いまどきの幸福になるための本です。本書で紹介されている内容の是非は置いておいて、嘘と欺瞞だらけの社会よりも残酷な真実の世界の方が幸せなことも一理あると思いました。世の中は矛盾が多々あり、何事も両極端の側面があり、自己啓発に対するバランス感覚を身に付ける意味でも本書は良著だと私は思います。

@kdmsnr の言葉を借りて爽快だった内容を紹介します(^ ^;;

知能の70パーセントは遺伝で決まる

「やってもできない」成功哲学

年を経てきたせいか、諦めることの大事さも最近思うようになってきました。というのは、生きている時間や自分自身のために使える時間が若い頃よりもずっと少なく感じるようになってきました。でも、それでいてもやりたいことは以前と同じか、それ以上にたくさんあります。何かを諦めて何かに注力する取捨選択が若い頃よりも意識的、もしくは戦略的に行う必然性に迫られていたりします。努力すれば大抵のことはできますが、その努力の内容は人によって個人差があるよと言ってくれると少し救われた気になります。

新卒で入社した会社の管理部長の言葉を私は今でもよく覚えています。

結果が出る努力をしなさい。

お仕事においてですが、頑張ってます、一所懸命やってますというのは個人差があるので結果を意識しなさいというのは本書の言う「やってもできない」に通じるものがある気がしました。

ダメでも生きていける比較優位の理論

法律家としての二人の能力を比較すると、デキスギくんはシズカちゃんより100倍有能だ。一方、タイピストとしては、デキスギくんはシズカちゃんより2倍速く打てるにすぎない。このときデキスギくんにとって、法律の仕事は「比較優位」、タイプの仕事は「比較劣位」にあるという(シズカちゃんは法律もタイプもデキスギくんより絶対劣位だけど、タイプは法律の仕事より比較優位にある)。

本節で述べている趣旨とは違うのですが、この比較優位の理論はお仕事のマッチングにも関連しているように私は思います。人それぞれ好きなことがあり、やりたいことがあり、それが職場環境や同僚との関連性において「比較優位」にないとそんなお仕事はまわしてもらえない。逆に自分のやりたくないことがその関連性において、不幸なことに「比較優位」になってしまうと、やりたくないお仕事をまわされてしまう。人によって良い職場が必ずしも誰しもにとってそうではない、そうでなくても当然という理論が成り立ちます。

"お返し" のちから

チャルディーニはさまざまな "影響力の武器" を採り上げているが、そのなかでもっとも強力なのが返報性(互酬性)の掟 - 「なにかしてもらったらお返しをしなくてはいけない」という人間社会に普遍的な規則・習慣 - だ。

@Python Hack-a-thon 2010.11 : ATND で発表していた Shibu's Diary: つまみぐい勉強法。その後。 の最後のスライドにもあります。情報を出せば出すほど、新しい情報もたくさん返ってくるそうです。私は田舎の出身なのですが、田舎(だけじゃないかも?ですが)だとお返しのお返しが何度も行ったり来たりすることがよくあります。これは人間として普遍のチカラだとはおもしろいです。他にパッと思い付くのは、お仕事はやればやるほど信頼が返ってきますね。

ハッカーとサラリーマン

それがぼくには楽しかったから*2
その冒頭で「リーナスの法則」というのが提唱されている。リーナスは、人生にとって意味のあることは三つあり、それは段階を追って進化していくという。
第一段階は、生き延びること。人類はその長い歴史の大半を、メス(オス)を獲得して次世代に遺伝子を残すことに費やしてきた。
第二段階は、社会秩序を保つこと。ヒトは社会的な生き物だから、群れのなかでしか生きられない。集団のなかですこしでも高い序列を手に入れることが、彼らの人生の目的だ。テクノロジーが生存のための道具から、コミュニケーションのためのツール(情報技術=IT)に進化したのは、生存から社会性へという移行を象徴している。
そして第三段階は、「楽しむこと」。豊かな社会では生存に対する不安は消滅し、テクノロジーによって広大なネットワーク空間にアクセスできるようになった。そうなれば、生きる目的は楽しむことしかない。

プログラマは幸せな職業だと私が思うのは、リーナスと同じ幸せを誰でも得られる可能性が高いということです。あえて言葉で表現すると「幸せ」とか大層な言葉になってしまいますが、勉強会やユーザコミュニティの集まりに来ているような人は本質的にそういったことを理解してユルい感覚で楽しんでいます。もちろん、それが楽しいかどうかは人に依りますが、それが楽しい人は本書の成功哲学が理解し易いはずです。

これは典型的な評判獲得ゲームで、リーナスはその主催者として惜しげもなく黄金(評価)を分け与えたからこそ、世界じゅうの優秀なプログラマーたちをタダで働かせて OS を開発するという「奇跡」が可能になったのだ。

エンジニア同士の会話だとあまり出てこないような表現ですが、的を射た内容でもあると私は思います。詰まるところ、OSS に寄与する目的は人それぞれ何であっても良いのだと私は思います。結果的に多くの人に利用されて社会に貢献しているのですから。

誰もがうらやむ成功を手にできるのは限られたひとで、ぼくたちの大半はロングテールで生きていくほかはない。市場での居場所が小さくなるほど売上は減るから、それに応じてコストを引き下げなくてはビジネスは成立しない。その下限は、自分と家族が生きていくための生活費になるだろう。

ロングテールで生きていけるかどうかはまだまだ懐疑的なところです。ただ、おそらくは大企業で何かの事業を成功させるよりも、定年まで同じ職場でずっとお仕事を続けていくよりも、自分と家族の生活費を稼ぐという目標の方が簡単ではないかと私は考えています。大企業に就職した方が安定だと言う一般論を私はあまり魅力に感じていません。私が新卒で入社した会社は、当時は業界トップクラスでしたが、リーマンショックの影響を大きく受けて今ではかなり悲惨な状況になっています。大企業の信頼と積み重ねの上で成り立つビジネスにおける個人というのはとても小さな存在で、その会社の信頼と既存のビジネスがなかったら自分には何ができるかというのを意識することはとても重要だと思います。また規模が小さいほど、個人の裁量の幅が広くリスクも取り易いです。

これも新卒で入社した会社で教わった好きな格言です。

リスクを取れば情報が集まる。

残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

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